大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6465号 判決 1997年2月17日

原告

浅井牧子

右訴訟代理人弁護士

位田浩

大槻和夫

里見和夫

竹下政行

丸山哲男

小田幸児

金井塚康弘

重村達郎

宮島繁成

被告

安田病院こと安田基隆

右訴訟代理人弁護士

守山孝三

今中道信

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位があることを確認する。

二  被告は、原告に対し、九四五万一一九五円及びこれに対する平成六年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成五年一二月八日から毎月一五日限り月額五〇万円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告病院内で付添婦として働いていた原告が被告との間に労働契約が成立したとして、労働契約上の地位確認及び未払賃金等を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実ないし証拠上容易に認定できる事実

1  被告は、大阪市住吉区<以下、略>所在の安田病院(以下「被告病院」という。)を経営する医師である(争いがない。)。

2  原告は、平成四年三月一六日から被告病院に入院する患者の付添婦として働いた(争いのない事実)。

被告は、平成五年一二月七日、原告が被告病院の入院患者の付添看護をすることを拒否した(原告本人)。

そのため、原告は、同日以降、被告病院において付添看護の仕事をしなくなった(原告本人、被告本人)。

3  三国看護婦家政婦紹介所(以下「三国紹介所」という。)は、被告病院をはじめ、円生病院、大和川病院等に対し、看護婦や付添婦を紹介し、右看護婦等を紹介する際徴収する手数料収入で経営を維持していた。杉本愛子は、昭和六〇年一二月ころから平成五年一二月二八日までの間、右紹介所の責任者であった(<人証略>)。

二  争点

原告と被告との間に労働契約が成立したか否か。

三  争点に関する当事者の主張

1  小松原信行との面接及び労働契約の締結について

(一) 原告

原告は、被告病院の付添婦が車イスに乗った入院患者を近所の公園まで連れてきているのを何度か見ていたため、被告病院では入院患者の付添婦を雇っているのではないかと思い、平成四年三月九日ころ、被告病院を訪れた。そのとき応対に出たのは、事務長と名乗る小松原信行(以下「小松原」という。)であったが、同人が履歴書を要求したので、原告は一旦出直すこととし、同月一三日、再び被告病院を訪れた。その際、原告は、被告病院事務室で小松原の面接を受けて後記の労働条件を呈示された。その後、同月一五日に小松原から電話連絡があったので、原告が被告病院へ赴くと、小松原は、同月一六日から被告病院で働いてもらう旨指示し、原告はこれに応じて右一六日以降、被告病院の看護補助者としての職務に従事した(原告は、従前、訴外松崎病院で、直接病院と交渉した上、看護補助者として雇用された経験を有していたことから、病院と直接交渉した本件でも右と同様に労働契約を締結する意思であった。)。したがって、少なくとも平成四年三月一三日ないし遅くとも同月一五日には、原告と被告との間で、以下の労働条件を内容とする労働契約が締結された。

(労働条件)

(1) 業務内容 患者の付添看護

(2) 契約期間 期間の定めなし

(3) 賃金 一月目は、患者二人を付添看護をすれば二〇万円、二月目からは、患者が一人増えるごとに一〇万円加算する。

(4) 支払日 毎月一五日

(5) 勤務時間 通常午前八時から午後六時、四日ごとに一回夜勤(午後六時から翌朝午前一〇時)

(二) 被告

原告は、平成三年一月から平成四年三月まで大阪市阿倍野区<以下、略>にある付添婦紹介所である阪南会に在籍し同紹介所の紹介で病院患者の付添婦をしていたことのあるベテラン付添婦であったのであるから、基準看護をとっていない私立病院である被告病院が付添婦を雇用しないこと(当時、基準看護をとっていない私立病院では付添婦を雇用しないのが一般であった。)を知らないはずはなく、また、被告病院の噂等も他の付添婦仲間を通じてある程度知っていたはずであるから、その点でも、被告病院が付添婦を雇用していると思ったとの原告の言い分は到底信用できない。また、小松原は、その当時病院の事務長ではなく、一介の事務職員に過ぎなかったのであるから、職員の採用等に関し何らの権限を有しておらず、したがって、採用権限を持たない同人が原告の採用面接をし、労働条件を提示するはずもない。もし、原告に対し何らかの面接がなされたとしても、それは原告を雇用するためではなく、病院が患者の後見的立場から付添婦としての適格性を審査するために過ぎない。

2  勤務条件の決定及び原告と患者との関係について

(一) 原告

被告病院での勤務条件は、すべて被告が決定しており、原告が個々の患者との間で協議・合意をする余地はなかった。勤務条件につき被告がすべてを決定していたという事実は、原被告間の支配・従属関係を如実に示しており、それはとりも直さず、原被告間に労働契約関係が存したことの証左である。なお、平成四年六月中旬ころ、原告が小松原に対し、賃金支払額が前記1(一)(3)の約定と異なる旨抗議したところ、同年七月には原告主張に沿った額が支払われたという事実がある。右事実からも被告が原告の労働条件を支配・決定していたこと(すなわち、原告が被告に雇用されていたこと)は明白である。

原告は、被告との間で労働契約を締結したものであり、個々の患者との間で直接契約関係に立つものではない。

(二) 被告

被告病院では、新規の付添婦が入院患者の世話をする場合、事前に三国紹介所を介して、付添料や勤務時間等を説明しその内容について了解を得てから、個々の患者との間で個別に契約を締結した(当時、基準看護をとっていない私立病院が一般にそうであったように、付添婦は、個々の患者と直接契約関係に立つものであり、病院と労働契約関係に立つものではない。)上、付添看護をしてもらっている。患者やその家族が自らの判断で最適条件の付添婦を選定することは困難であるため、被告病院が患者・家族に対するサービスとして、右のような取扱いをしているだけである。重篤な患者がいない被告病院においては、勤務条件にほとんど偏りがないため、右のような一律の取扱いをしても、結果的には同一条件下で同一の付添料が支払われることに変わりはない。むしろ、右取扱いにより、全ての付添婦につき統一歩調をとることが可能となり合理的である。

したがって、被告の右関与が原被告間の労働契約関係の存在を示すものとはいえない。また、原告が小松原に抗議した事実及び右抗議に応じて付添料が支払われたとの事実は存在しない。

3  付添婦の朝礼への参加について

(一) 原告

被告病院では、他の従業員とともに付添婦も必ず朝礼に参加させられ、そこで被告から勤務上の指示、命令を受けていた。

(二) 被告

朝礼には、付添婦を含め参加できる者は皆参加するのが長年の習慣になっていたものであり、実際上も、付添婦に対する事務連絡や患者に対するサービス等の心掛けの話をしておく必要があった。朝礼への参加の意義は右限度にとどまり、原被告間の労働契約の存在と結びつくものではない。

4  タイムレコーダーの設置について

(一) 原告

被告病院の四階には、被告によりタイムレコーダーが設置されており、前記1(一)(5)記載の勤務時間に従い、付添婦の出勤状況を管理していた。現に、毎朝の朝礼では、小松原がそのタイムカードを見ながら点呼をとっていた。

(二) 被告

右タイムレコーダーは、三国紹介所の設置・管理に係るものである。毎月三国紹介所が付添科の計算に利用するため、被告病院内に設置されているに過ぎず、被告病院と直接の関係はない。

5  夜勤命令について

(一) 原告

被告病院では、少なくとも三日に一度(場合によっては、二日に一度)づつ交替で付添婦に対し、本来の担当患者(二人)以外の患者についても夜勤を命じていた。

(二)(ママ) 右は、被告病院の命令によるものではなく、各階の付添婦による自治的な合意により、当番を決めて夜間の付添をしていたものである。これは夜間付添の共助方法として長年の慣行として確立しているものであって、他の病院でも同様である。

6  夜警命令について

(一) 原告

原告ら付添婦は、夜勤の際、被告病院の見回り等の警備業務をさせられていた(その場合、被告は、所定用紙に、当直巡回者氏名、日時、時間、点検・結果等を二〇分ないし三〇分ごとに見回りして記入した上、被告病院に報告させていた。)。

(二) 被告

被告病院が付添婦に対し、原告主張の夜警をさせた事実はない。被告病院において、付添婦が病室及び病室の階の廊下の見回りを交替ですることになってはいるが、右は患者の看護の観点から当然になすべきものである。

7  清掃命令について

(一) 原告

原告ら付添婦は、一日に二回、廊下、階段、トイレ、ごみ捨て場、病院裏等の掃除を被告病院から命ぜられていた。

(二) 被告

掃除をしていたのは、自分の働く場所及びその関連場所のみであり、その程度の作業は、付添看護に当然付随するものであり、特に不自然ではない。

8  看護婦のなすべき仕事の代行について

(一) 原告

原告ら付添婦は、患者のレントゲン撮影の際に体の向きを変えたり、患者に薬を飲ませたり、患者の喉から痰を取ったり、酸素吸入をしたり、点滴を手伝ったりするなど、本来看護婦がすべき作業の一部を担当させられていた。

(二) 被告

右は、概ね付添看護に当然随伴する行為であり、不自然ではない。

9  付添料の返還命令及びカットについて

(一) 原告

原告ら付添婦は、担当患者が死亡した場合、被告から二日分の付添料を患者の親族に返還することを命令・強要されていた。

(二) 被告

右付添料の返還についても、患者の遺族に対するお悔やみ料的な感覚で返還を習慣にしているに過ぎず、被告の命令によるものではない。原告は、被告が看護上の不備を理由として、右カットをした旨主張するようであるが、もし、看護上の不備で死なせたのであれば、その程度の額では済まされないはずである。

10  お参りの命令及び付添料カットについて

(一) 原告

被告は、患者を死なせた階の看護婦と付添婦を一階の事務所まで呼びつけた上、神社へ行ってお参りし御札を買ってくるように指示・命令していた。しかも、原告ら付添婦は、その時間分及び二日分の給料をカットされていた。

(二) 被告の主張

右事実は、いずれも否認する。

11  付添料の支払方法について

(一) 原告

原告ら付添婦は、平成五年三月までは小松原から、その後は被告病院事務長山口一郎(以下「山口事務長」という。)から毎月の付添料の支払を受けていたし、その際、付添料の入った封筒には、以前被告が経営していた結婚式場「豊生殿」や料亭「魚善」の名が記載されていた。また、被告病院の経理担当者木之下恭子が付添婦の手数料についてもチェックしていた。さらに、原告が被告病院から就労を拒否された平成五年一二月七日以降、山口事務長から三度にわたり未払付添料を取りにくるようにとの要請があった。右は、いずれも被告が原告を雇用していた証左である。

(二) 被告

付添料の支払手続は、毎月初めころ、三国紹介所の職員が各病院へ赴き、原告ら付添婦に代行して各患者から付添費を徴収し、同紹介所が原告ら付添婦に代わって仮預証を患者又はその家族に渡した上、毎月一五日ころに三国紹介所の職員が各病院へ赴き前記各患者から集金した付添料のうちから所定の手数料を差し引いた残額を付添料として直接原告らに支払う(各付添婦は、患者宛の領収書を作成し、紹介所を介して患者又はその家族に交付する。)ということになっている。その際、小松原等が事実上、三国紹介所の事務を手伝ったことはあるが、あくまで三国紹介所の事務の代行に過ぎず、被告が原告に対し付添料を支払ったものではない。また、使用した封筒についても、三国紹介所の要請に基づき廃品の有効利用の観点からそうしたまでのことである。山口事務長からの催促についても、被告自身が原告に対して付添料を支払うとの趣旨でしたものではない。

12  被告病院の入院案内の記載について

(一) 原告

被告病院の一般入院案内の冊子中には「付添にお困りの方は当病院で付添看護させて頂きます。」との記載があり(<証拠略>)、また、老人用の入院案内の冊子中には「入院を希望される患者さんで家族等の付添が出来なくて困っておられる方達の為に当院は無料で責任をもって看護致しております。」(<証拠略>)との記載があるが、右は、被告が付添婦を雇用するとの認識を有していた証左である。

(二) 被告

前者は、被告病院で責任をもって付添する者を見つけた上、あっせんする旨を老人にも理解しやすいように表現したにとどまり、法律的な意味で、被告病院と雇用契約関係にある看護補助者を付添わせるという意味ではない。後者の「無料で」看護するというのも、要付添患者が付添婦に対し支払った付添看護料については、後日患者が請求すれば還付を受けることができる旨を簡略に記載したにとどまり、付添看護の対価として患者が付添婦に対して支払うべき付添料が零であることを意味しない。

13  平成五年一二月七日の出来事について

(一) 原告

平成五年一二月七日午後二時三〇分ころ、被告病院に入院中の患者が小遣いが足りないと言って、何度も病院事務室に福祉給付金を取りにきていた。すると、被告は、これを嫌がり、アルバイトの看護婦に事情を聞いても分からないので、原告が呼ばれた。被告は、原告に対し、「患者に薬を飲ましとんのか、何故きちっと薬を飲ませて寝かせとかんのか」などと怒鳴り、右患者が病院内を歩き回るのは原告が同人に薬をちゃんと飲ませて眠らせておかないからだとばかり原告を責めたてた。そこで、原告は、「患者さんは、病院が小遣いをくれないから、どうなっているのか聞きにきているのでしょう」「それに、私は担当でもありませんし、私ら看護補助者が勝手に診察室に入って薬を飲ませていいのですか」と答えると、被告は、突然「お前は、ワシに楯つくのか」「クビだ、もう帰れ」と怒鳴りまくり、一方的に解雇の意思表示をした。その際、同僚の上山つな子が「浅井さんは、内藤という患者の担当ではなく、薬を飲ませたかどうか関係ないのに気の毒ですよ」と言ったため、被告が「お前もワシに楯つくのか」と怒って、同女も原告とともに翌日円生病院への配転命令を強行された。右は、いずれも、被告が原告を従業員と認識していたことの証左である。

(二) 被告

付添婦の患者に対する態度が悪いと、患者の病状に影響があるので、病院としては患者の後見的立場から、付添婦に対して注意等をすることがある。右当日も、被告が病院二階の看護婦ら全員を集めて、患者に対する扱いを親切、丁寧にするように注意をしただけである。そもそも、被告と原告は、雇用契約関係に立たないのであるから、被告が原告に対してクビ等の発言をするはずがないし、原告は、右患者の担当者でないから原告を責めることもあり得ない。

三国紹介所が原告と上山つな子の両名に対し、円生病院の患者の付添として派遣交替するように勧告したことはある。ただし、その際、上山つな子は原告に一緒に円生病院へ行こうと言ったが、原告は、病気で行けないなどと言って、被告病院の患者付添にも出てこなかったものである。

14  原告と三国紹介所との関係について

(一) 原告

原告は、三国紹介所とは全く無関係である(原告は、三国紹介所の場所も知らず、同紹介所に行ったこともないし、その折り込みチラシに基づいて応募したり、同紹介所に履歴書を提出したこともない。同紹介所から聴取手続をされたことも、求職表の作成を依頼したこともないし、被告病院を紹介されたり、派遣されたこともない。同紹介所に入会手続をとったこともない。)。

(二) 被告

原告は、三国紹介所の責任者である杉本愛子の面接を受け、同紹介所に履歴書を提出し、被告病院患者宛の紹介状が被告病院へ授受された結果、同紹介所からの派遣付添婦として稼働していたものである。

15  未払賃金請求権について

(一) 原告

(1) 以上のとおり、原告と被告との間に労働契約が成立したものであるところ、原告は、平成四年四月一六日から、少なくとも三日に一回づつの夜勤を命ぜられて五人以上の入院患者の付添看護に従事し、これにより毎月少なくとも基本給五〇万円の支払を受けることができたにもかかわらず、被告は、毎月二〇万円しか支払をしない。したがって、原告は、被告に対し、未払賃金として下記金員の支払を求めることができる。

ア 五四五万円(平成四年四月一六日から平成五年一〇月三一日まで一八ケ月半の期間、一月三〇万円として五五五万円のうち、平成四年七月分のみ三〇万円を支払ったので、右金額から一〇万円を控除した額が未払分)

三〇〇〇〇〇×一八・五-一〇〇〇〇〇=五四五〇〇〇〇円

イ 六一万六六六六円(平成五年一一月一日から同年一二月七日付けで解雇されるまでの間の未払賃金)

五〇〇〇〇〇×三七/三〇=六一六〇〇〇円

(2)ア 原告は、平成四年四月一日から平成五年一二月七日までの間、日曜・祭日も休みなく日勤(午前八時から午後六時三〇分まで)と夜勤(午後六時三〇分から翌午前一〇時まで)とを少なくとも三日に一回づつ交替勤務した。

これにより原告の勤務時間は、

(ア) 第一日目の日勤

実働九・五時間(休憩一時間を除く。)

(イ) 第二日目ないし第三日目の日勤及び夜勤

実働一四・五時間(休憩一時間を除く。)

となった。

イ そこで、一ケ月(三〇日換算)単位の変形労働時間とみると、右(2)の勤務を三日ごとのサイクルで各一〇回づつ行うことになるので、原告の毎月の実労働時間は少なくとも二四〇時間となる。

(九・五+一四・五)×一〇=二四〇時間

ウ 他方、法定労働時間が週四六時間、一ケ月平均四・三四五週とすると、一年間の一月平均法定労働時間は、一九九・八八時間となる。

そうすると、原告の一ケ月の時間外労働時間は、四〇・一二時間となり(二四〇-一九九・八八=四〇・一二時間)、深夜労働は、七〇時間となる(午後一〇時から午前五時まで七時間×一〇回=七〇時間)。

エ さらに、原告の月五〇万円の給料を法定労働時間(一九九・八八時間)で割ると、一時間当たりの賃金は、二五〇一・五円である。

五〇〇〇〇〇/一九九・八八=二五〇一・五円

オ よって、以下の金員が未払いの残業手当金(二〇ケ月分)として存在する。

(ア) 時間外手当金 二五〇万九〇〇四円

四〇・一二×二五〇一・五×一・二五×二〇=二五〇九〇〇四円

(イ) 深夜手当金 八七万五五二五円

七〇×二五〇一・五×一・二五×二〇=八七五五二五円

(3) したがって、未払賃金額は、右(1)、(2)を合計した九四五万〇五二九円となる。

(二) 被告

原告の主張は、否認ないし争う。原告と被告との間に労働契約が成立していない以上、原告は被告に対し未払賃金を請求する権利がない。

第三争点に対する判断

一  本件全証拠によるも、原告と被告との間に労働契約が成立したとの事実を認めるに足りる十分な証拠は存在しない。すなわち、

1  原告は、平成三年三月九日ころから、三度にわたり被告病院の事務長と名乗る小松原の面接を受けた上、遅くとも平成三年三月一五日には被告病院の看護補助者として原告主張に係る契約条件で勤務することになった旨主張し、原告本人も同旨の供述をする。

この点、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、小松原が原告と面談し、原告の付添婦としての経験の有無や付添婦の条件等につき原告との間で会話を交わした事実は認められるが、他方、証拠(<証拠・人証略>)によれば、右小松原が被告病院の事務職員に過ぎず、同人が労働契約を締結する権限まで有していなかったこと、小松原としては原告が付添婦となることを希望して、たまたま直接被告病院へ足を運んだことから、原告からの質問に対し、被告病院に勤務する者として、権限はないものの、知っている範囲で、事実上の応答をし、立ち話として、原告と前記の会話を交わした他に、付添婦となるには、三国紹介所を介する必要があるなどと答えたに過ぎないと認められることなどにかんがみれば、右は、採用のための面接というには程遠いものであって、単なる立ち話というべきものであるというべきであるから、右面談が実施されたとの事実から直ちに原告主張の労働契約締結の事実が推認されるものではない。その余の原告主張事実(採用面接の事実、契約条件など)については、本件全証拠によるも、これを認めるに足りる的確な証拠(原告主張の契約条件によれば、原告は、同時に多くの患者の付添看護に従事することにより、破格ともいえる高額の賃金を受給することが可能となるが、被告としては、他の多くの付添婦の存在を無視して、ひとり原告とのみ、かかる破格にして、特例ともいえる内容の労働契約を締結すべき理由は全くない。また、小松原がかかる内容の労働契約を締結する権限を有していたとは到底考え難いといえる。しかも、原告と被告との間にかかる内容の労働契約が成立したのであれば、これを明記した契約書などが存して当然であるのに、かかる事実もない。)は存在せず、原告の前記供述は到底採用することができない。この点、原告は、従前、訴外松崎病院で、直接病院と交渉した上、看護補助者として雇用された経験を有していたことから、病院と直接交渉した本件でも右と同様に雇用関係を形成する意思であった旨主張するが、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成三年ないし四年当時、原告は、それまでの付添婦の経験等から、右時期に基準看護を実施していない私立病院で特定患者の付添看護担当者(付添婦)を職員として雇っている病院は存在しないとの認識だったこと(右当時、原告は、同僚の付添婦らとの会話等を通じて被告病院が基準看護を実施していない私立病院であることを知っていたこと)が認められ、これらの事実に前記認定事実を総合すれば、特定患者の付添をしていた原告が被告との間で真実雇用関係形成の意思を有していたかについては大いに疑問があり、原告の右主張はにわかに採用できない。そもそも、原告の主張のとおり原告が被告の職員である看護補助者として採用されたとすると、多数ある付添婦のうち、ひとり原告のみが他の付添婦とは地位及び待遇面で異なっていたことになるが、かかることは、他の付添婦との仕事内容の同一性、被告病院の経営及び人事管理上の施策の一貫性からみて、不自然であって、到底肯認することはできない(仮に、原告の主張を前提としても、例えば、<証拠略>によれば、被告に雇用される看護補助者と原告との間で給与支払方法及び各種控除等が異なる結果となり、これまた不合理な結果となる。)。

2  また、原告は、仮に被告主張のごとく患者と原告との契約関係であったとすると、個々の患者との契約内容の決定は、右両者の合意によることになるはずであるが、実際には、被告病院がすべてを決定していたのであって、患者と合意する余地はなかった旨主張し、右のように、契約条件等につき事前に被告病院がすべてを決定していたことは、原被告間の支配・従属関係を如実に示しており、原被告間の労働契約締結の事実を示すものにほかならない旨主張する。

なるほど、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告病院の入院患者が支払っていた付添看護料は、患者一人につき一日三六五〇円と一律であったこと、付添婦の勤務時間(昼勤)は、概ね午前八時から午後六時であったこと、原告の勤務場所は、被告病院の二階(患者の担当)であったこと、右各契約条件が全体として被告の意向に沿う内容であったこと、被告病院に勤務する付添婦は、三国紹介所の紹介を受けた上、勤務に付いていたこと、右紹介に先立ち、三国紹介所が前記条件で勤務することについて付添婦の了解を得た上、被告病院に紹介する取扱いであったことなどが認められ、右事実によれば、契約条件の決定については、相当程度被告の意思が反映しているといわざるを得ない。

しかし、もともと、患者が付添婦との間で契約を締結するに当たって、患者自身が、付添看護の内容、付添料の額、その他契約条件について適切な判断をすることは難しいこと、したがって、被告病院が付添婦との契約条件の決定に事実上事前に関与し、付添料等の契約条件につき、患者にとって不利にならないよう、後見的立場から行動することが十分考えられること(そのため、患者の意思が明確に表面化しないことがありうる。)、付添婦が現実に看護等を実施する場所は被告が管理する病院内であって、被告としても、右施設管理運営上の立場から付添婦の契約条件につき一定の関心を持たざるを得ないところ、被告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告にあっても、右の後見的立場から行動したと認められることを考慮すれば、付添婦の被告病院内での契約条件の決定につき、被告の意向がかなりの程度反映されていたとの事実があったとしても、右が直ちに原被告間の労働契約締結の事実を推認させるものとはいえない(付添婦と患者との契約関係については、後記のとおりである。)。

3  次に、原告は、被告病院では他の従業員とともに付添婦も必ず朝礼に参加させられ、そこで被告から勤務上の指示、命令を受けていた旨主張する。

しかし、証拠(<人証略>)上、付添婦が被告病院の朝礼に参加していたこと及びその席で被告から勤務上の指示等があったことは認められるものの、他方、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、右朝礼への参加の趣旨は、前記施設管理運営上の観点及び患者に対するサービス確保の観点から慣例となっていたに過ぎないことが窺われるのであって、右事実は原被告間の労働契約締結の事実を推認させるに足りるものではない。

4  原告は、被告病院の四階には被告設置に係るタイムレコーダーが存在しており、被告は、これを基に付添婦の出勤状況を管理していた旨主張し、現に、前記朝礼では小松原がそのタイムカードを見ながら点呼をとっていたと主張する。

しかし、証拠(<人証略>)上、タイムレコーダーが被告病院四階に設置されていたこと及び小松原が右タイムカードを朝礼の際の点呼に利用していたことが認められるものの、本件全証拠によるも、右タイムレコーダーが被告病院によって設置されたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、付添婦以外の者で被告病院に雇用される者に関しては、別のタイムレコーダーによって人事管理され、付添婦は別個に処遇されていたこと、右タイムレコーダーによって打刻されたタイムカードは、三国紹介所が定期的に回収した上、これを基に各付添婦の勤務日数・付添料の計算等をしていたことが認められ、右事実を総合すれば、むしろ右タイムレコーダーは三国紹介所の管理下にあったことが窺われるから、点呼につき右タイムカードを被告病院が事実上利用していたとしても、右は原被告間の労働契約の存否の認定につき決定的な事実となるものではない。

5  原告は、被告病院では、少なくとも三日に一度(場合によっては、二日に一度)づつ交替で付添婦に対し、本来の担当患者(二人)以外の患者についても夜勤を命じていた旨主張する。

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、付添婦が交替で夜間勤務をしていたことは認められるが、本件全証拠によるも、右が被告の命令によりなされていたとまでは認め難く、かえって、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、夜勤交番については、各階の付添婦の協議により決定されていたこと、右取扱いが長年にわたり続けられてきたことが認められ、その意思決定過程に被告が関与したことを認めるに足りる十分な証拠も存しないことも勘案すれば、右取扱いは事実上長年にわたり慣例的に実施されていたものに過ぎず、結局、原告が担当以外の患者について夜勤をしていたとしても、このことにより、直ちに原被告間の労働契約の成立を推認し得るものではない。

6  原告は、夜勤の際、付添婦が被告病院の見回り等の警備業務をさせられていた旨主張するが、本件全証拠によるも、右主張を認めるに足りる証拠はない。わずかに、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、病室及び病室の階の廊下の見回りを付添婦が交替でしていたことを認めることができるものの、付添婦が被告の命令下に、右程度を超え、より広範な警備業務をさせられていたとまでは認めるに足りない。証拠上認められる前記夜間勤務についても、各付添婦がそれぞれの担当患者につき常時付添を要する場合が多いとの看護実態に照らし、夜間歩き回ったり危険な行為に及ぶ患者がいないかなどを監視すべく実行しているものに過ぎないとみることが可能であるから、この点も、直ちに原被告間の労働契約の認定に導(ママ)び付くものではない。

7  原告は、付添婦が一日に二回、廊下、階段、トイレ、ごみ捨て場、病院裏等の掃除を被告病院から命ぜられていた旨主張するが、本件全証拠によるも、右主張を認めるに足りる十分な証拠は存在しない。証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、付添婦が担当患者のいる場所及びその関連場所につき清掃していたとの事実を認めることができるが、右行為は、付添看護に通常付随するものとして、付添婦が自主的に行っていたものに過ぎないと認めることができる。しかし、被告の命により、右範囲を越えてより広範な場所について付添婦が清掃をしていたと認めるに足りる十分な証拠はない。したがって、この点も労働契約の成否を左右しないというべきである。

8  原告ら付添婦は、患者のレントゲン撮影の際に体の向きを変えたり、患者に薬を飲ませたり、患者の喉から痰を取ったり、酸素吸入をしたり、点滴を手伝ったりするなど、本来看護婦がすべき作業の一部を行わされてきた旨主張する。証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、右事実を認めることができるが、右は概ね常時介護を要する患者については付添看護に当然随伴する行為であるか、又は便宜上付添婦が自主的に行っているに過ぎず(ママ)ないと認めることができるから、この点も原被告間の労働契約の成立に直接結び付くものとはいえない。

9  原告ら付添婦は、担当の患者が死亡した場合、被告から二日分の付添料を患者の親族に返還することを強要されていた旨主張するが、本件全証拠によるも、被告が原告に対し、右返還を命令・強要したとまでは認められない。たしかに、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、従前被告が付添婦らに対し、右返還を事実上促したことは認められるが、右は、被告がかつてそのような状況下では常に返還等を実行してきており、それが妥当な態度であるとの信念に裏打ちされたものであって(被告本人の個人的信条に基づく行動を原告ら付添婦にも求めようとした嫌いがあるが)、これをもって、原被告間の労働契約締結の事実が導かれるものとはいえない。

10  原告は、被告が患者を死なせた階の看護婦と付添婦を一階の事務所まで呼びつけた上、神社へお参りし、その御札を買ってくるように指示・命令していたことがあり、その時間分及び二日分の給料をカットしていた旨主張する。

しかし、本件全証拠によるも、右事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。右認定に反する原告本人供述は採用することができない。

11  原告は、平成五年三月までは小松原から、その後は山口事務長から毎月の付添料の支払を受けたこと、その際、付添料の入った封筒は、以前被告が経営していた結婚式場「豊生殿」や料亭「魚善」の名が記載されていたこと、被告病院の経理担当者木之下恭子が付添婦の手数料についてもチェックしていたこと、原告が被告病院から就労を拒否された平成五年一二月七日以降、山口事務長から三度にわたり未払付添料を取りにくるようにとの要請があったことなどを主張し、右は、いずれも被告が原告を雇用していた証左である旨主張する。

しかし、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告病院内で勤務する付添婦に対する付添看護料の支払手続は、毎月初めころ、三国紹介所の職員が各病院へ赴き、同紹介所が付添婦に代行する形で各患者から付添費を集金した上、各月一五日ころに三国紹介所の職員が各病院へ赴き前記各患者から集金した付添料のうちから所定の手数料を差し引いた残額を付添料として直接原告らに支払う(各付添婦は、患者宛の付添料の領収書を作成し、紹介所を介して患者又はその家族に交付する。)というものであったことが認められ、右事実によれば、毎月付添料の支払手続をしていたのは、被告病院ではなく、三国紹介所であることが認められるから、右認定に反する原告主張は採用することができない。

もっとも、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、三国紹介所が右付添料を支払う際、小松原や山口事務長がその受渡しの手伝いをしたことがあること、山口事務長が平成五年一二月七日以降、三度にわたって原告に対し未払付添料の受取を催促したこと、被告病院の経理担当者である木之下恭子の印が三国紹介所の手数料領収書に押捺されていること、付添料の入った封筒の表には、以前被告が経営していた結婚式場「豊生殿」や料亭「魚善」の名が記載されたものがあったことなどの事実が認められるが、前記認定に照らせば、事実上小松原等が三国紹介所の事務を手伝った(あくまで三国紹介所の事務の代行)に過ぎず、被告が原告に対し付添料を支払ったものではないと認められ、また、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、木之下恭子は、三国紹介所のオーナー会社である淀ノ海株式会社の監査役であったことが窺えるから、右木之下恭子が三国紹介所の事務を取り扱っても特段不自然とはいえず、さらに、証拠(<証拠・人証略>)によれば、使用した封筒についても、廃品の有効利用をしたに過ぎないことが窺えるのであるから、右各事実から原被告間の労働契約の締結を推認しうるものではない。

12  原告は、被告病院が一般入院案内の冊子中に「付添にお困りの方は当病院で付添看護させて頂きます。」と記載し(<証拠略>)、また、老人用の入院案内の冊子中に「入院を希望される患者さんで家族等の付添が出来なくて困っておられる方達の為に当院は無料で責任をもって看護致しております。」(<証拠略>)などと記載していることをもって、被告が付添婦を雇用していたことの証左である旨主張するが、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、右は、例えば(証拠略)記載中に「(還付式)」とあるように(文言に若干不明確なきらいはあるが)、後記のとおり患者が付添婦と個別契約を締結し、付添料を支払った後に保健(ママ)等により還付金が支給されることを簡略に述べたに過ぎないことが窺えるのであって、右記載をもって、原被告間の労働契約締結の事実の証左とみることはできない。

13  原告は、平成四年一二月七日、被告病院に入院中の患者が院内を歩き回っていたことに被告が立腹し、担当でない原告を責める発言をしたので、これに原告が反論するや、突然原告に対し、「クビだ、もう帰れ」と怒鳴ったと主張し、右は、被告が原告を雇用した(との認識を有していた)ことの証左である旨主張するが、(原告本人の供述の外)右事実の存在を窺わせる証拠はなく、かえって、(証拠略)等これに反する証拠が存在することに照らせば、右事実を認めるには足りないというべきである。

14  右のとおり、原告の主張する個々の事実は、(証拠上認められないか、または、証拠上認定できる事実であっても、)それぞれ単独では到底原被告間の労働契約締結の事実を推認させるに足りるものではない。

二  もっとも、既に認定済みの前記事実中の原告に有利な諸事実に加え、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、三国紹介所のオーナー会社である淀ノ海株式会社と被告(ないし被告病院)との間に人的構成や出資面で一定の繋がりが存することが認められ、これらの事実を総合すれば、被告が(右三国紹介所を通じて)付添婦の契約条件の決定や付添婦が付添に従事する態勢のあり方について、事実上相当程度の支配を及ぼしていたことを認めることができるところ、右支配の程度にかんがみれば、原被告間に事実上の支配関係ありとみて、原告主張の労働契約の成立を認める余地も全くないではないということができる。

しかしながら、ある当事者間に労働契約が成立したと認められるためには、労働契約も契約である以上、最終的には両当事者の意思(表示)が労働の対価として賃金を支払うとの内容に収斂されているか否かをメルクマールにせざるを得ないのであって、証拠上右当事者間に事実上の支配関係が認められるだけでは足りないものというべきである。

これ本件についてみるに、前記のとおり、原被告間には、事実上、一定程度の支配関係の存在を認めることができるが、他方、前記のとおり原告の主張自体、労働契約締結意思の存在を疑問視させる種々の難点をはらむばかりか、かえって、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、右両当事者の意思が労働契約の締結に向けられたものではないことを窺わせる以下の事実が認められる。

1  平成四年三月当時、基準看護の認定を受けている病院は、全体の三分の一程度(しかも、その大半は、相当な設備を擁する大病院)であり、被告病院も基準看護の認定は受けていなかった。基準看護の認定を受けていない病院においては、<1>被保険者等の病状が重篤で絶対安静を必要とし、医師又は看護婦が常時監視することを要し、随時適切な処置を講ずる必要がある場合、<2>病状は必ずしも重篤ではないが、手術のために比較的長期にわたり医師又は看護婦が常時監視を要し、随時適切な処置を講ずる場合、<3>病状から判断し常態として体位変換又は床上起座が不可又は不能あるいは食事及び用便につき介助を要する場合につき、特別に当該医療機関に所属しない看護担当者(原則として看護婦であることが必要。ただし、<3>の場合には、患者の家族等身内の者でなく、かつ、主治医又は看護婦の指揮を受けることを条件に、付添婦等の看護補助者が担当してよい。)をして看護を行わせることができ(この場合は、個々の患者と付添婦との契約関係となる。)、その際、患者から看護担当の付添婦等に対して支払われた付添料については、療養費として、健康保健(ママ)法等において各患者の請求により一定額が償還される制度となっていた。

2  原告は、昭和六〇年一〇月から同六一年二月ころまで訴外松崎病院で看護補助者として雇用され、入院患者の世話をしたことがあり、また、平成元年三月ころからは、大阪府西田辺所在の訴外阪南会(付添看護婦等の紹介所)に所属し、平成三年三月ころまでの間に、平野区所在の緑風会及び西田辺所在の越川外科病院に入院する患者の付添看護をしていた。右緑風会及び越川外科病院での付添看護の法律関係は、病院との雇用関係ではなく、右1記載のとおり、個々の患者と原告間の契約に基づくものであった。その当時の紹介手数料の支払システムは、患者の交替毎に右手数料一回分を(患者から預かって)紹介所に渡すという方法であった。また、毎月の付添看護料の支払方法は、右阪南会所定の額(担当する患者一人当たりいくらと決めた額)を患者から直接受け取って右阪南会に渡した上、阪南会が諸々の費用等を引いた額を原告に渡すというものであった。原告は、右付添看護の経験から、少なくとも平成四年三月には、紹介所を介する場合の患者との契約関係、手数料徴収及び付添看護料の支払・償還のシステムについて、相当程度の知識を有していた(原告本人はこれを否定し、領収書等還付請求の必要書類につき全く知識はなかった旨供述するが、同人の緑風会及び越川外科病院での勤務状況に関して詳細かつ明確な説明を展開する同人の供述態度等に照らせば、原告の右供述は、到底採用することができない。)。

3  被告病院では、(原告以外の)付添婦については、自己の立場(法律関係)につき個々の患者との契約関係であることについて、特に付添婦から異論等はなく、かえって、原告以外の付添婦は、皆積極的に自己が被告に雇われた者でないことを自認していた。他の付添婦の法的立場・被告病院での取扱いが右のとおりであったことにつき、原告自身も、当然に熟知していた(原告本人供述中には、これを否定する部分があるが、原告は、前記のとおり、松崎病院において、雇用関係にある看護補助者の経験があり、また、前記緑風会等において、個々の患者と個別契約を結ぶ付添婦の経験も有するのであるから、他の付添婦がいかなる立場で勤務しているかについては、当然一定の関心があって不思議でなく(原告本人尋問によれば、同僚の付添婦との間で、勤務時間、手当内容、控除項目等につき、話し合った旨の供述がある。)、また、後述のとおり、原告が患者宛に提出すべき書類には、原告が被告病院の外部の者である旨の記載があった(原告は、その書式の体裁及び従前の知識から当然それを認識しえたとみられる。)のであるから、なおさら、他の付添婦との日常会話等でこの点を確認しようとしなかったというのは不自然であり、原告の右供述は到底採用できない。)。

4  患者による前記1記載の還償(ママ)請求には、看護に要した費用の領収書、看護証書等が必要書類とされており、被告病院では、右領収書と看護証明書が一体となった書式を用い、それぞれの欄に原告ら付添婦が署名(捺印)した上、これを患者に交付し、患者が還付金を受け取るという方式を採用していた。原告は、毎月、右領収書と看護証明書が一体となった書面(これには、前記のとおり、原告ら付添婦が被告病院の外部の者であることが明記されている。)の所定欄に署名・捺印して提出していたが、その際、被告との法律関係が労働契約として取り扱われていないことにつき、被告に対し、何ら異議等も述べることはなかった。

5  被告病院では、被告との間で労働契約を締結した者については、わずかの例外を除けば、すべて労働契約書を交付しているが、原告との間では、右契約書の交付はなされていなかった。

6  被告の従業員(看護補助者を含む。)については、毎月の給料から源泉徴収や社会保険料等の控除がなされていたが、原告の受け取る付添料からは、被告によって源泉徴収等の控除はなされておらず、また、原告は、被告病院において付添に従事していた間も、一貫して、国民健康保険に加入しており、被告に対し、健康保険への加入手続を求めたことはなかった。また、原告は、被告に対し、厚生年金等への加入手続の要請をしたりすることも一切なく、被告の従業員として取り扱われていないことに対し、何ら異議等を述べることはなかった。

7  被告病院に勤務する付添婦に対する付添料の支払方法・手順は、毎月初めころ、三国紹介所の職員が病院へ赴き、原告ら付添婦に代行して各患者から付添費を集金した上、各月一五日ころに右三国紹介所の職員が各病院へ赴き前記各患者から集金した付添料のうちから、所定の手数料を差し引いた残額を付添料として直接付添婦に支払う(各付添婦は、毎月二五日までに、前記4の(看護証明書兼)領収書を作成し、患者は右書面により還付請求をする。)というものであった。この点は、被告病院に入院中の患者の付添婦全員について同様であり、原告も、その例外ではなかった。

8  被告病院の従業員の給料は毎月末日に五階の経理係で支払われており、また、右従業員の勤務時間は午前九時から午後五時半であったのに対し、弁論の全趣旨によれば、付添料は、毎月一五日に一階事務室で支払われ、勤務時間は午前八時から午後六時であることが認められる。原告主張のとおり、原告が被告の従業員であるならば、他の従業員との間に、同じ従業員であるのに明らかな差異が存することになるが、人事管理上、かかる取扱上の差異を設けるべき根拠に乏しいことにかんがみると、原告が被告従業員であるとの前提自体に疑問があるといわざるを得ない。

9  被告病院では、付添を要する入院患者につき、入院費用の(点数)計算上、付添費用分を加えていなかった。

10  付添婦については、従業員には存在する賞与の支給や退職金の制度の適用は予定されていなかった。この点は、原告も、その例外ではなかった。

加えて、前記認定のとおり、被告病院に勤務する付添婦は、三国紹介所の紹介を受けた上、勤務に付いていたこと、右紹介に先立ち、三国紹介所が前記条件で勤務することについて付添婦の了解を得た上、被告病院に紹介する取扱いであったことが認められるところ、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告も、その例外ではないことが認められる(この点の原告本人の供述は措信し難い。)。なお、原告は、三国紹介所と被告病院との一体性を強調するが、前記のとおり右両者間に一定の繋がりが存することは認められるものの、証拠上、右程度を越えて両者が完全に一体であったとは認め難いのであるから、原告の右主張は採用できない。

以上認定事実を総合すれば、前記のとおり原被告間に一定程度支配関係が存在するにもかかわらず、右当事者双方が(原告の労務提供の代償として被告が賃金を支払う旨の)労働契約締結の意思を有していたと認めることは到底困難というべきであり、他に原被告間に労働契約が成立したと認めるに足りる的確な証拠も存在しない。

三  以上のとおりであって、本件全証拠によるも、原告と被告との間に労働契約が成立したとの事実を認めることは到底できない。

かえって、以上認定に係る事実によれば、原告は、被告との間に労働契約関係になく、患者との契約関係に過ぎないということができる。すなわち、原告は、労働契約の成立により、被告の従業員となった旨主張しながら、契約書など、これを認めるに足りる十分な証拠が存しないばかりか、原告が被告病院において、入院患者の付添に従事していた間に、被告に対し、積極的に他の従業員と同様の地位と取扱いを求めるなど一切しておらず(原告は、小松原に対し、賃金について、採用時の契約条件と違う旨の異議を申し入れたと主張するが、これを認めるに足りる十分な証拠はない。真に、原告の賃金額が採用時の契約条件と違っていたのであれば、原告は、被告に対し、継続的に異議を申し入れて当然であるが、かかる事実は全くない。なお、本件において、原告は、原告が被告に対し、従業員としての地位と取扱いを求めて抗議を申し入れるなどしたと主張することさえない。)、他の付添婦と同様の地位と取扱い(なお、原告は、被告病院で付添いをした付添婦全員が被告の従業員であるとまで主張するものではない。)を受けることにさしたる疑問も感じることなく付添業務に従事していたことにかんがみ、原告自身、他の付添婦と同様、被告との間に労働契約関係になく、患者と契約関係にあるに過ぎないことを十分に認識していたということができる。なお、前記認定のとおり、被告により、原告ら付添婦全員に対し、事実上の支配関係ともいうべき一定の関係が存するが、それは、原告を含む付添婦全員に対し、共通のものであって、原告固有のものではないし、右関係は、あくまでも、原告ら付添婦が被告病院において、その入院患者の付添いに従事することから、被告が患者の後見的な立場にあって、より充実した付添看護を受けることができるよう、また、その地位が不利となったりしないよう一定の配慮等をするために形成されていたに過ぎないというべきであるので、右関係が存するからといって、右認定を左右するものではない。結局、原告は、他の付添婦は(ママ)患者と契約関係にあったに過ぎないというべきである。

四  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので、失当としてこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例